プロフィール
- 出身地
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熊本県上益城郡益城町
- 休日の過ごしかた
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写真撮影、読書、野球観戦、ウクレレ
- 好きな言葉
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我以外皆我師也
なぜ、私は家づくりの仕事をしているのか。
私は小さな町で育ちました。
家の縁側でアイスを食べたり、父とキャッチボールをしたり、
なんてことない日常が好きな、ごく普通の家族のひとりでした。
2016年4月14日、熊本地震。
全壊した8,300棟のうちの1棟が、私が18年住んだ実家でした。
すぐには帰れず、ようやく辿り着いた熊本。
見慣れた景色は崩れ、実家は倒れ、
両親は避難所で暮らしていました。
たった畳4枚。その上が生活のすべて。
その光景は、今も心に刻まれています。
けれど、父も母も生きていました。
倒壊した家が、最後の力で命を守ってくれていました。
このとき、私は強く理解しました。
家は「買うもの」ではなく、「未来を守るもの」だと。
■ もうひとつの救い
震災の1年半前、
JAの営業担当の方が何度も足を運び、実家は地震保険に加入していました。
その保険のお陰で4年後に小さな平屋を建てることができました。
私はその営業の方を知りません。顔も名前も、声すら知りません。
でも、私はその人に心から感謝しています。
なぜなら、
営業ひとりの行動が、家族の未来を変えることがある。
この瞬間、私の中でひとつの決意が生まれました。
東京で13年、営業をやってきました。
短い時間で信頼を得て喜んでいただくことにやりがいはありました。
けれど、売って終わり。困ったときは担当が変わる。
感謝はあるが、責任はない。
熊本での経験を経たあと、その働き方は、私には合いませんでした



そして鳥取。
私はヤマタホームと出会いました。
性能を語る会社は多くありました。
ですが私は「理念 → 技術 → 実績 → 人」で会社を見ていました。
ヤマタホームが選択肢ではなく答えになった理由は3つです。
- 一級建築士が会社のトップであること
- 地震・断熱・構造について本気で取り組んでいること
- “家は売るものではなく守るもの”という思想を持っていたこと
私はそこで確信しました。
この会社なら、胸を張って「守れる家」を届けられる。
私がお約束すること
・売りません。納得できるまで伴走します。
・不安・予算・将来——すべて整理します。
・引き渡し後こそ関係が始まる。そう考えて動きます。
宿命を、使命に。
ある日、長男の小学校の発表で、彼はこう言いました。
「お父さんは、人の命と財産を守る仕事をしています。」
その言葉を聞いたとき、私は理解しました。
この「仕事」は、家族に示せる「生き方」になった。
妻も、家族も、この仕事を応援してくれています。
だから私は迷わずこの道を進めています。
私がしていることは、
不安だらけの家づくりを、
安心に変え、
その家族の未来に責任を持つこと。
あなたが迷っても大丈夫です。
悩んでも大丈夫です。
そのために、私はここにいます。
―― 未来を守る家づくりに、責任を持つために。
山内 建治









